ブログ… 「コーチはリーダーである。リーダーはコーチである」
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今日を生きるコーチングの言葉 7

「人間は葛藤していることが大切です。
         葛藤しなくなるとかえって変なものが生まれますから」

…ドキュメンタリー作家 森達也の言葉

放送禁止歌から、死刑制度までいわゆる禁忌=タブーといわれる領域になぜか踏み込んでしまう悩めるテレビ・ディレクター森達也。当然、規格化された情報以外は放送不能のテレビ界からの放浪をスタートに、今はドキュメンタリー作家という彼自身半ば不本意な肩書きになっている。彼がことごとに口にするのは、現在の日本社会のメディア、世論そして私たちの思考様式が、善悪なり好悪なり格差の上下なり、葛藤の無い二元論に集約されていっていることへの危機感だ。今の日本では失敗や事故、悪意やごまかしについて、一度世論の攻撃の火がついてしまえば、その相手を完璧に破壊つくすまでその攻撃はとどまることがない。と同時に何かほんのわずかでも善意を暗示するものが世に登場すると、たちまちそれを過剰に承認しつくすいう現象が生まれる。森達也はこの二つを「過剰な悪意」と「過剰な善意」と呼んでいて、まるで大衆が無意識のバランスを取るかのように、その二つが必ずセットでメディアを賑わすことになるという。例えば数年前、「多摩川のタマちゃん」という「国民的アイドル」が生まれて、彼(彼女?)に住民票を交付するという限りなく人間の知能の限界が露見するような現象が生まれた、そのまさに同時期に、「ライフスペース」という自己啓発セミナー団体が、アルミを張った車で集団移動することが話題になり、それが住民にとって「不気味である」という理由だけで、メディア、自治体が総がかりでバッシングをするという現象が生まれた。彼らが実際に犯した罪は、道路交通法違反に過ぎないのだがその事実を指摘できた人間を、私は森さん以外知らない。葛藤なく「タマちゃん」を応援するとき、葛藤なく「ライフスペース」を批判するとき、私たちは、「過剰な善意」と「過剰な悪意」のもと、「思考停止」という化け物を生み出す。葛藤をすることは恐ろしい。しかし葛藤をしないことはたぶんその何倍も恐ろしい。メディアの、無分別で際限の無いバッシング報道を見るとき、私は「またなにか変なものが生まれるかも」と、こころのバリアを上げるようにしている。

研修委員:黒木雅裕
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by y-coach_net | 2008-10-15 03:16 | 黒木さんのコーチング
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