挨拶論(29)

日本の社会は変わった。では何が変わったのか?

一言でいえば日本に生きる人間の自意識の「量」と「質」が変わったのだ。今私たちは何十倍にも増大した「自意識」によって、常に自分たちを「劇の中の登場人物」として仮想するようになった。だが本質的には私たちは無限に存在する生命のその他大勢のひとつにすぎない。

ところが自意識は常に頭の中で自分を主人公として優遇する。そして現在の社会ではすべての人間が自分を唯一特別な存在として意識する、いわば24時間自意識過剰な状態になっている。

自意識で見る自分と社会が認めてくれる自分にはいまや巨大なギャップがある。それゆえ多くの人が自分こそ特別な何かになろうという「自意識」を持つ。

ところが実は自意識は軽ければ軽いほど楽だ。

我を忘れて何かをやっている瞬間、自分を意識しないで何かに没頭している瞬間、人は自意識という重力から開放され精神的な自由を得る。

人間以外の動物が持つ生きることの軽みはここにある。自分を絶対視する意識を離れ、集まりの中のひとつの点として存在する自分を感じ取る、相対的な視点をほんの少し自分の中に取り込むだけでずいぶん生きることは軽くなる。

「みんながおたがいに同じ温度で挨拶する」ということは、結局集団の中の自分や他人を相対化し、自意識を軽くする手段に他ならない。

…研修委員:黒木雅裕
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by y-coach_net | 2009-06-06 02:46 | 黒木さんのコーチング